酔いどれ満月らりぱっぱ2

この作品においても、僕は舞台美術製作と照明の仕込みを手伝った。
本番では舞台下にこもって、小道具出しの仕事についた。
そして、この小道具出しが、この芝居では大変重要な役割を担っていたのだ。
役者は、何度も何度も酒瓶を手にして、決めのセリフのたびにそれを舞台後方へ、しかもまったく後ろを振り返ることなく投げて、「ガシャンガシャン」と割り続ける。
観客は、リアルな危険と狂気を感じたことだろう。
実際にすごく危険な演出で、稽古では、木で作った仮の道具を何度も投げて、練習を繰り返した。
僕は、舞台に開けられた穴の中から、セリフに合わせて、瓶を役者がつかみやすいように渡すのである。
そして、それが芝居のテンポやリズムに関わるので、外すと芝居が台無しになる。
うまくいくと、芝居はどんどんテンションが高まるのだ。
舞台下は暗いし、台本は新潮文庫をバラバラにしたものなので、とても台本を見ながらやれる作業ではない。
そこで、僕はほぼすべてのセリフを入れて、稽古で役者のテンポやリズムを覚え、役者がほしいタイミングで瓶を差し出すことを心がけた。
これは、サッカーでパスを出すのと同じことなので、それほど難しいとは思わなかった。
それでも、ヘロデ王(久保酎吉)が宝石を出すシーンで、宝石に見立てたトイレットペーパー十数個出すのは、いろいろと工夫が必要だった。
穴の中でのトイレットペーパーの積み上げ方、右手と左手の位置、久保さんが取りやすい向き……
さらに、松明に見立てた火を出すシーンでは、美術プランナーのOさんに、「ベンジンを綿に含ませて火をつければいい」とだけ言われただけだった。
何度か実験を繰り返したのち、最初に舞台下で火をつけたとき、揮発したベンジンが穴にたまっていて、火柱が上がった。
客席にいた陰山(泰)さんが、あわてて消火用に用意していた水をかけてくれたので大事にはいたらなかったが、当時ロン毛だった髪の毛がかなり焼け焦げた。
これほど重要な小道具出しを新人の僕に任せるにもかかわらず、そのやり方はまったく指示されなかった。
だが、これはのちのち、とてもありがたいことであったと思っている。
自主性が養われ、しかも達成感は圧倒的に高いからだ。
今でも、かなり満足いく仕事だったという感触が残っている。
結果的に、演出家の大橋さんをはじめ、久保さん陰山さんの「新」劇場両巨頭から高い評価をいただいた。
だが、千穐楽の始まる直前に、とんでもないことが待っていた……