1708-グローリアス/booklet

「ブラボー!」

クラシックやオペラの上演における「ブラボー!」や歌舞伎の大向うなど、観客からの掛け声が劇場の雰囲気を盛り上げることに一役買うことはたびたびある。
僕がやってきた小劇場系ではほとんどそのような習慣はないが、過去に一度だけ、見事な大向うで芝居を盛り上げていただいたことがある。
劇場は早稲田大学大隈講堂、演目は『白野』。舞台の最終盤、「それが男の心意気!」、と舞台で見得を切ったのは緒形拳さん。そしてその見得に、見事な間合いで「緒形!」と声を掛けたのが篠井英介さんだった。緒形さんの見事な芝居に、観客は感動していたのだが、英介さんの大向うで、それがさらに沸点に達したような感じがした。

「ブラボー!」や「大向う」は、いろいろ決まりごとがあるようだから、シロウトはむやみに手を出さないほうが無難らしい。たしかに儀礼的な「ブラボー!」は、ほかの観客のテンションを下げることがあるのは事実だ。だが演劇はもちろん、音楽やスポーツでも、思わず何か声を掛けたくなる瞬間というものがある。そんなとき、英介さんの「緒形!」のように見事に「ブラボー!」的な感嘆詞を叫べたらいいのだが、なかなか思うようにはいかない。結局、僕は一生懸命拍手するくらいしかできないでいる。

『グローリアス!』を演出するにあたって、僕が重要だと考えたのは「ブラボー、マダム!」というセリフである。
心の底から、誰かを賞賛する喜び──

『グローリアス!』は、実在の世界一音痴なオペラ歌手、フローレンス・フォスター・ジェンキンズの物語である。しかし、重要なのはフローレンスに自分たちを託し、彼女の成功を賞賛することに喜びを見出した人々の存在なのである。
フローレンスは、ある種、超人である。歌が上手いとか下手だとか、大金持ちだったとかは関係ない。そんなことは超越しているのである。そして当然のことながら、ほとんどの人はフローレンスにはなれない。だからこそ、フローレンスを見ること聴くことによって追体験し、彼女に自分の人生を重ね見て「ブラボー!」と快哉を叫ぶ。
この「ブラボー!」と叫ばずにはいられない、超人に出会ったことを誰かに語らずにはいられない人々が、この物語の肝なのである。そしてその人々とは、何を隠そう僕自身でもあるのだ。

僕は演出家という職業を通じて、多くの"超人"を見てきた。もちろん、英介さんはその"超人"のひとりである。『欲望という名の電車』『トーチソング・トリロジー』『サド侯爵夫人』『翻案劇サロメ』……これまで何度も「ブラボー!」と叫ぶ機会はありながら、それをできずにいる。
今回は、コズメやドロシーに紛れて、「ブラボー、マダム!」と叫ぶチャンスなのかもしれない。

鈴木勝秀(suzukatz.)